自宅、小学校で英語の講師として働いています
小学校の英語活動(4)
2004年06月02日 (水) | 編集 |
小さいほうのB小学校2回目。
3年生と5年生だった。

5年生は去年の今頃、とても難しかった。いろんな意味で。
しかし、今ではよくまとまっている。担任の先生のご苦労がしのばれる。なかなか一筋縄では行かないので今年度初回の今日は『英会話たいそう』の後、action wordsを導入してSimon saysの変形バージョン(Let’sをつけていったときだけ動作をする)、それから前年度の復習をかねた単語をつかったJeopardyもどき。カードにはそれぞれ小さく点数が書かれている。グループ戦だが、出席番号を書いたカードのやまから一枚ずつ引いてその番号の子がいるグループに解答権。選んだ問題に答えて初めて明かされる点数。なかなかに盛り上がる。
いつも途中で教室から飛び出してしまっていたQちゃんもきちんと椅子に座っていた。

担任の先生に「盛り上げるのが上手」とほめていただいて、ちょっぴり嬉しかった。去年はそれ自体がうまくいかなかったからね。

3年生は今年初めてお目にかかる。
どんなクラスなのかどきどき。なぜか、担任の先生がいらっしゃらなかったので、普段の姿は見れなかったのかもしれないが、全体として元気な(?やんちゃな?)クラス。動きのあるレッスンをするといいだろうな。今度はいつ来るの?といってもらえてまた喜ぶ単純な私。

小学校の英語だから、どのクラスも均一にしなければ、というプレッシャーみたいなものがある。しかし実際にはそれぞれのクラスでカラーがあり、同じことをしてもうまくいかない場合がある。
大きいA小学校では一学年4クラスだがレッスンプランは1つ。1時間目にやった反省を2,3,4時間目に生かす。。。ので、1時間目に当たったクラスごめんね、ってこともある(−−;。

B小学校では一学年1クラス。A小学校のプランをB小学校のクラスのカラーに合わせて焼きなおしている。

さて、来週のレッスンプランも組まなくちゃ。
文法を教えること
2004年06月01日 (火) | 編集 |
中学、高校と英語を勉強しても全然話せるようにならない。
で、文法が悪者になってしまっていませんか。

もちろん、理想は「自然に身につく」なんでしょうけれど、そうするためには膨大な量の英語に触れる必要があります。
「自然に身につける」ためにはその量を自分の中で「文法」として構築することも必要になってきます。
一言、文法の説明を付け加えてあげるほうがより早く理解できる事だってあるのです。(もちろん、年齢にもよりますが)

文法が怪しい「ブロークンイングリッシュ」ではいつまでも片言のままです。それは仕事で使える英語ではないと私は考えています(ちょっと旅行で使う、程度ならそれでいいと思いますが)。
誰も彼もが英語を学ばなければいけないかというと疑問が残りますが、とりあえず、「それなりに通用する英語」には文法「も」必要といわなければなりません。

私の教室には幼稚園年長さんからお孫さんのいらっしゃる方まで(大人の方は片手で足りますが)幅広く来ていただいています。

今日は高2の生徒が来ていました。
先週から新しく来た子の一人が文法がかなり苦手なようです。うろ覚えでも覚えているところは「問題を解く」という観点から言うとそこそこに解けるのですが、しっかりとは理解していないため、形をかえてでてくるとお手上げのようです。(一応、田舎ながら進学校に通う子なので頭が悪いわけではありません)今日は仮定法。混乱しています。

でも、仮定法が使いこなせると表現に幅がでます。
「試験のため」以外でも是非是非使いこなせるようになって欲しい。

別の高2の女の子はカナダの分厚い新聞を見て「わー、こんななんだ〜」と驚きつつ、「でも難しすぎて読めませんよね」。「そんなことないよ」といいつつ、私のお得意の(?)三面記事を開きました。

ほら、この記事見て。ここ、関係詞、ここが使役つかってて。。。

「わぁ、ほんと、わかる、わかる」

高校の文法はややこしい。中学では英語が得意だった子も高校で嫌いになってしまう場合も多々あるようです。(以前、ウチに来ていた若い女性もそういっていました)

よく中学英語だけでなんとかなる、といいます。まぁ、確かにそれは間違いとはいえません。でも、高校で習う英語を知ってると一味違ってきます。
そんな英語の奥深さを(私もものすごくよく知っているとはいえないのですが)知る楽しみをテストにあえぎ苦しむ(笑)生徒に与えたいものです。