さて、明日は2ヶ月ぶりに小さいほうの小学校の5,6年生のレッスンです。前回、5年生のクラスである失敗をしてしまったので、緊張しています・・・
前回書きましたが、「楽しいこと」を前提とする授業ってなかなかに難しい。ゲームをいれると盛り上がるのですが、ゲームは勝敗があるので、グループ戦だと勝気な子が負けの原因を作った子を責めることがあります。責められなくても自分から泣き出す子もいます。でも、泣く子がいるからゲームはなし、、、というわけには行きません。
私のレッスンプランには《ゲーム》と《アクティビティ》があります。
《アクティビティ》は主にインフォメーションギャップのようなシートをもって空欄をうめるために他のクラスメイトに聞いて回る、というようなものを指します。(あくまでも私の中では、ね)
《アクティビティ》のほうが「会話」って感じがして私としては好きなのですが、子供たちにとっては物足りない様子。これにゲーム性を持たせると『おはじきじゃんけん』になるのですが、毎回、おはじきじゃんけんというわけにも行かない。
でも、クラスにいくなり、「今日のゲームはなあに?!」と聞かれます(汗)。
むずかしいです。
前回書きましたが、「楽しいこと」を前提とする授業ってなかなかに難しい。ゲームをいれると盛り上がるのですが、ゲームは勝敗があるので、グループ戦だと勝気な子が負けの原因を作った子を責めることがあります。責められなくても自分から泣き出す子もいます。でも、泣く子がいるからゲームはなし、、、というわけには行きません。
私のレッスンプランには《ゲーム》と《アクティビティ》があります。
《アクティビティ》は主にインフォメーションギャップのようなシートをもって空欄をうめるために他のクラスメイトに聞いて回る、というようなものを指します。(あくまでも私の中では、ね)
《アクティビティ》のほうが「会話」って感じがして私としては好きなのですが、子供たちにとっては物足りない様子。これにゲーム性を持たせると『おはじきじゃんけん』になるのですが、毎回、おはじきじゃんけんというわけにも行かない。
でも、クラスにいくなり、「今日のゲームはなあに?!」と聞かれます(汗)。
むずかしいです。
小学校で英語を教えるに当たってもっとも気にするのが
「楽しんでもらえるかどうか」
他教科を教える場合、「楽しめるかどうか」はたぶん、二の次だと思うんです(まちがってたらごめんなさいね)。教科書に沿ってとにかく、教えるべきことを教える、そういう授業ではないかと。
そして、おそらく、保護者の方々もそれに対して異論はないのではないかと思います。勉強ってそういうもん、みたいな。
でも、小学校で教える英語はちょっと違います。
現時点で
正課ではない
成績がつかない(厳密に言うと「総合学習」としての「評価」に英語活動も入っているのですが)
つまり、オマケみたいなものです。小学校の英語は中学校とは連動しません。文法から入るのではなく、「楽しみながら」・・・
これが、かなりプレッシャーなのです(T0T)。
今年度はレッスン回数が比較的多いので、
復習
復習に関わる簡単なゲーム
新しいことを導入
定着を促すためのゲーム
という感じで構成していますが、内容によってはなかなか「ゲーム」として何か行うのは難しいこともあるのです。
あるだけの関連本のページをめくり、教室の実状にあった内容に工夫して(主に大人数でやるための工夫)、それでもネタが尽きた時には・・・
9,10月はレッスンが毎週のようにあるので、自転車操業です・・・
「楽しんでもらえるかどうか」
他教科を教える場合、「楽しめるかどうか」はたぶん、二の次だと思うんです(まちがってたらごめんなさいね)。教科書に沿ってとにかく、教えるべきことを教える、そういう授業ではないかと。
そして、おそらく、保護者の方々もそれに対して異論はないのではないかと思います。勉強ってそういうもん、みたいな。
でも、小学校で教える英語はちょっと違います。
現時点で
正課ではない
成績がつかない(厳密に言うと「総合学習」としての「評価」に英語活動も入っているのですが)
つまり、オマケみたいなものです。小学校の英語は中学校とは連動しません。文法から入るのではなく、「楽しみながら」・・・
これが、かなりプレッシャーなのです(T0T)。
今年度はレッスン回数が比較的多いので、
復習
復習に関わる簡単なゲーム
新しいことを導入
定着を促すためのゲーム
という感じで構成していますが、内容によってはなかなか「ゲーム」として何か行うのは難しいこともあるのです。
あるだけの関連本のページをめくり、教室の実状にあった内容に工夫して(主に大人数でやるための工夫)、それでもネタが尽きた時には・・・
9,10月はレッスンが毎週のようにあるので、自転車操業です・・・
10年もやっていていまさらなんですが・・・
読めない子に困り果てています。
うちの教室では基本的にフォニックスを導入しつつ、CDなどでrepeatするときにも必ず文字を目で追いながら読むようにと指導しています。
【注】ハイレベルクラスでは「読めるのは当然」というのが前提な
ので、あえてテキストを見ずに自然な抑揚、発音を目指してシャ
ドーイングさせたりしています(小学生です)。
読めない、は学習年数に全く比例していません。
今まで(こういういいかたをするのはどうかと思うのですが敢えて)壊滅的に読めない子は中学生になるまで6年以上通っていますがなお、読めません(さすがに中学生なので全く読めない、ではありませんが、whatがよめなかったりします(T0T))。。。
読めている子でも実は「100%読めている」子と「50%読めていてあとは推測」で読んでいる子がいるはずです。でも、「推測」できることも取っ掛かりとしては重要で「読めない」という子はつまり、文字を見て音にかえることが「0%に限りなく近く」できていないということになります。
突き詰めてしまうとここまで「放置」してしまった私が悪いということになってしまうのかもしれません。
「放置」という言葉を使いましたが、もちろん、意図的に放置したわけではありません。その子その子によって事情は違うのですが、根本には「小学生のうちに読み書きをあまり強制するとそこで挫ける=英語嫌いになる」可能性が高く、その時々で何とか覚えるよう促しはしていたのですが、それ以上にきつくいうことはできなかったというのがあります。
今、私は考えています。
日本人であっても漢字の覚えが非常に悪い子(多分、子供に限らない)がいますよね・・・会話ではさほど差がつかなくても読み書きさせると差がどんどん開くのは・・・やはり、持って生まれたものというのがあるのでしょうか(やる気がない、めんどくさい、という「性格」をも含め)。しかし、そうなるとますますもって、指導が難しくなります。
(涙)
一方で、小学生のうちにやはり、多少厳しくとも読み書きが出来るように徹底すべきなのかとも思います。。。
フォニックスのルールをゲームを交えながら一生懸命教えても、最終的にそれを自分のものとできるかどうかは本人の問題です。「覚えること」自体を助けてあげることは出来ません。
「覚えることをいとわないような楽しい授業」を進めていけば解決するのでしょうか?
読めない子に困り果てています。
うちの教室では基本的にフォニックスを導入しつつ、CDなどでrepeatするときにも必ず文字を目で追いながら読むようにと指導しています。
【注】ハイレベルクラスでは「読めるのは当然」というのが前提な
ので、あえてテキストを見ずに自然な抑揚、発音を目指してシャ
ドーイングさせたりしています(小学生です)。
読めない、は学習年数に全く比例していません。
今まで(こういういいかたをするのはどうかと思うのですが敢えて)壊滅的に読めない子は中学生になるまで6年以上通っていますがなお、読めません(さすがに中学生なので全く読めない、ではありませんが、whatがよめなかったりします(T0T))。。。
読めている子でも実は「100%読めている」子と「50%読めていてあとは推測」で読んでいる子がいるはずです。でも、「推測」できることも取っ掛かりとしては重要で「読めない」という子はつまり、文字を見て音にかえることが「0%に限りなく近く」できていないということになります。
突き詰めてしまうとここまで「放置」してしまった私が悪いということになってしまうのかもしれません。
「放置」という言葉を使いましたが、もちろん、意図的に放置したわけではありません。その子その子によって事情は違うのですが、根本には「小学生のうちに読み書きをあまり強制するとそこで挫ける=英語嫌いになる」可能性が高く、その時々で何とか覚えるよう促しはしていたのですが、それ以上にきつくいうことはできなかったというのがあります。
今、私は考えています。
日本人であっても漢字の覚えが非常に悪い子(多分、子供に限らない)がいますよね・・・会話ではさほど差がつかなくても読み書きさせると差がどんどん開くのは・・・やはり、持って生まれたものというのがあるのでしょうか(やる気がない、めんどくさい、という「性格」をも含め)。しかし、そうなるとますますもって、指導が難しくなります。
(涙)
一方で、小学生のうちにやはり、多少厳しくとも読み書きが出来るように徹底すべきなのかとも思います。。。
フォニックスのルールをゲームを交えながら一生懸命教えても、最終的にそれを自分のものとできるかどうかは本人の問題です。「覚えること」自体を助けてあげることは出来ません。
「覚えることをいとわないような楽しい授業」を進めていけば解決するのでしょうか?
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